コードのリファクタリング(高速化)
これまでのステップで、私たちはAIの力を借りてゼロからマクロを生み出し、エラーを修正し、誰も読めないコードを解読する術を学んできました。しかし、真の「開発者」として認められるためには、もう一つの高い壁を越えなければなりません。それは「品質」の追求です。動くけれど処理に10分かかるマクロと、同じ結果を3秒で出すマクロ。業務現場で感謝され、信頼されるのは間違いなく後者です。
本記事では、既存のコードを整理し、劇的に処理速度を向上させる「リファクタリング(再構築)」の技術に焦点を当てます。プログラミングの専門知識がなければ難しかった「画面更新の停止」や「配列処理(メモリ上での計算)」といった高度な高速化テクニックも、AIに適切な指示を出すだけで実装可能になります。「このコード、遅いな」と感じた時が、あなたが次のステージへ進む合図です。AIと共に、ただ動くコードから、美しく速いコードへと昇華させるプロセスを体感してください。
なぜ「動けばいい」では通用しないのか:開発者が追求すべきパフォーマンスの価値
VBAマクロを作成する初期段階では、意図した通りに動くことが最大のゴールです。しかし、運用フェーズに入ると「速度」が業務の質を左右する決定的要因となります。例えば、数千行のデータを処理するのに毎回5分待たされるツールは、ユーザー(利用者)にとってストレスの塊でしかありません。待ち時間は業務の停断を招き、思考を分断させ、結果としてツールの利用率低下や、「手でやった方が早い」という本末転倒な事態を引き起こします。
開発者としての視点を持つならば、コードのパフォーマンスは「ユーザー体験(UX)」そのものであると認識する必要があります。処理が速いということは、単に時間が浮くだけでなく、ユーザーがリズム良く仕事を続けられることを意味します。また、非効率なコードはPCのリソース(CPUやメモリ)を無駄に消費し、Excel自体を不安定にさせるリスクも孕んでいます。最悪の場合、処理落ちやフリーズを引き起こし、データを破損させる可能性さえあります。
リファクタリングとは、外部から見た振る舞い(結果)を変えずに、内部の構造を整理・改善する作業を指します。AIを活用すれば、複雑なアルゴリズムを知らなくても、「もっと速くして」という意思を持つだけで、プロ級の高速化ロジックを手にすることができます。自身の作成したコードはもちろん、前任者が残した遅いマクロさえも、あなたの手で蘇らせることができるのです。パフォーマンスへのこだわりは、アマチュアとプロフェッショナルを分かつ境界線です。
高速化の定石(1):画面更新と自動計算の停止制御
VBAマクロが遅くなる最大の原因の一つは、Excelの画面描画処理にあります。セルに値を書き込むたびに、Excelは画面を再描画し、数式を再計算しようとします。人間には一瞬の出来事でも、これを数千回繰り返せば膨大なロスとなります。開発者がまず覚えるべき基本かつ効果絶大なテクニックは、これらの「お節介機能」を一時的に止めることです。
AIに対してコードの高速化を依頼する際、プロンプトに「処理速度を上げるために、画面更新の停止と自動計算の停止を組み込んでください」と明記しましょう。AIはコードの冒頭に Application.ScreenUpdating = False と Application.Calculation = xlCalculationManual を記述し、処理が終わった末尾でこれらを元の状態(True / xlCalculationAutomatic)に戻す処理を追加してくれます。
たったこれだけの記述で、処理速度が数倍から数十倍になることも珍しくありません。これはVBAのロジックそのものを変えることなく、Excelの環境設定をコントロールするアプローチであるため、バグが混入するリスクも低く、即効性があります。AIに依頼する際は、正常終了時はもちろん、エラーで止まった場合にも設定が元に戻るよう、エラーハンドリング(前に学びました)の中に復旧処理を含めるよう指示することを忘れないでください。
高速化の定石(2):セルアクセスを減らす配列処理の導入
画面更新を止めてもまだ遅い場合、次に疑うべきは「セルへの読み書き回数」です。VBAからExcelのシート(セル)にアクセスする動作は、コンピュータのメモリ上で計算する動作に比べて非常に低速です。1行ずつ Cells(i, 1).Value を読み込み、計算して書き込むループ処理は、郵便配達員が手紙を一枚届けるたびに郵便局に戻っているようなものです。
これを解決するのが「配列(Array)」を使った一括処理です。シート上のデータを一度ごっそりとメモリ上の変数(配列)に格納し、メモリに計算を行った後、結果を一度にシートに書き戻します。これにより、セルへのアクセス回数を「行数分」から「最初と最後の2回」に減らすことができます。
AIへのプロンプトで「セルを1つずつ操作するのではなく、配列を使用してメモリ上で処理するようにリファクタリングしてください」と指示します。配列の扱いは初心者にとって難解な構文(二次元配列のインデックス管理など)が必要ですが、AIはその複雑な書き換えを完璧にこなします。この手法を取り入れることで、処理時間は劇的に短縮され、数万行のデータ処理が一瞬で終わるようになります。これは「市民開発者」のレベルを超え、システム開発者の領域に踏み込む強力な武器です。
検索と照合の高速化:Dictionaryオブジェクトの活用
VLOOKUP的な処理、つまり「あるデータを別のリストから探してくる」処理も、VBAで単純なループを使って書くと非常に遅くなります。データ量が増えると、検索回数が指数関数的に増えるためです(いわゆる計算量オーダーの問題)。これを解決するためにプロの開発者が使うのが「Dictionaryオブジェクト(連想配列)」です。
Dictionaryは、データを「キー」と「値」のペアでハッシュテーブルという構造に格納します。これにより、どれだけデータ量が増えても、ほぼ一瞬で目的のデータを探し出すことができます。しかし、このDictionaryオブジェクトの記述は独特で、参照設定の追加や CreateObject の記述など、初心者にはハードルが高いものでした。
ここでAIの出番です。「二重ループを使っている検索処理を、Scripting.Dictionaryを使って高速化してください」と依頼しましょう。AIは既存の遅い検索ロジックを解析し、Dictionaryを用いた高速な検索ロジックに書き換えてくれます。数十分かかっていたマッチング処理が数秒になる感動を、ぜひ体験してください。これはアルゴリズムの最適化という、本来高度なエンジニアリングスキルをAIで代替する好例です。
プロンプトエンジニアリング:AIに最適化を依頼する「型」
AIにリファクタリングを成功させるためには、具体的な指示出し(プロンプト)が鍵となります。単に「速くして」と言うだけでは、AIは小手先の修正しかしなかったり、逆に可読性を損なうような難解なコードを返してきたりします。意図した通りの最適化を引き出すためのテンプレートを活用しましょう。
推奨するプロンプトの構成は以下の通りです。 「あなたはVBAパフォーマンスチューニングの専門家です。以下のコードは動作しますが、データ量が増えると処理時間がかかりすぎます。以下の観点でリファクタリングを行い、最適化されたコードを提示してください。
1. 画面更新停止などの環境設定による高速化
2. 配列(Variant型)を使用したセルアクセスの最小化
3. 不要なSelect/Activate操作の排除
4. コードの可読性を保つための日本語変数とコメントの付与」
このように技術的な要件(配列、Select排除など)を具体的に指定することで、AIはあなたの期待するレベルのコードを生成します。特に「可読性を保つ」という指示は重要です。高速化されたコードは複雑になりがちなので、メンテナンス性を維持するためにも、丁寧なコメントと分かりやすい変数名を同時に要求するバランス感覚が開発者には求められます。
SelectとActivateの排除:無駄な動きを削ぎ落とす
「マクロの記録」機能を使って作られたコードには、必ずと言っていいほど Range("A1").Select や Selection.Copy といった記述が含まれています。これらは、人間がマウスで操作した通りにカーソルを動かす命令ですが、プログラムがデータを処理する上では全く不要な動作であり、処理遅延の大きな原因です。
AIにコードを見直しさせ、「SelectやActivateを使用せず、直接オブジェクトを操作するように書き換えてください」と指示しましょう。AIは Range("A1").Select と Selection.Value = 1 の2行を、Range("A1").Value = 1 という1行に統合します。
カーソルが画面上であちこち動くのは見ていて面白いかもしれませんが、プロフェッショナルなツールとしては非効率です。裏側で静かに、しかし高速に処理が完了するスマートなコードを目指しましょう。この修正はコードの行数を減らし、エラーの発生率を下げる効果もあります。
条件分岐とループの最適化:論理構造の整理
処理速度の低下は、非効率なロジックによって引き起こされることもあります。例えば、条件を満たした時点でループを抜ければいいのに最後まで繰り返している場合や、同じ計算をループの中で何度も繰り返している場合などです。
AIに対して「このコードのロジックに無駄がないか分析し、より効率的なアルゴリズムがあれば修正案を提示してください」と問いかけます。AIは、「このIf文はループの外に出せます」「条件に合致したら Exit For でループを抜けるべきです」といった論理的な改善点を指摘してくれます。
人間は一度書いたロジックに固執しがちですが、AIは客観的にコードを評価し、最短ルートを提案してくれます。この「ロジックの断捨離」を通じて、コードはより筋肉質で無駄のないものへと進化します。論理的思考力をAIで補強し、洗練されたアルゴリズムを実装しましょう。
コードの短縮化と可読性のバランス:Withステートメントの活用
Worksheets("Sheet1"))を何度も記述していると、コードが長くなり、修正時のミスも誘発します。
AIに「Withステートメントを使って、コードを簡潔に整理してください」と依頼すると、AIは With Worksheets("Sheet1") ... End With というブロックを作成し、重複する記述をまとめてくれます。これによりコードの全体量が減り、構造が見やすくなります。
ただし、過度な省略は逆に読みづらくなることもあります。AIが生成したコードを見て、「これは読みやすいか?」と常に自問自答してください。開発者にとって「読みやすいコード」とは、未来の自分やチームメンバーへの思いやりです。速度と可読性のバランス地点を見極めることが重要です。
リファクタリング前後の検証:デグレード(改悪)を防ぐ
リファクタリングにおいて最も恐れるべきは、コードを修正した結果、処理結果が変わってしまうこと(デグレード)です。速くはなったけれど、計算結果が間違っていては意味がありません。そのため、修正前と修正後の動作確認(テスト)が必須となります。
AIにリファクタリングを依頼する前に、まず「現在のコードでテスト用のダミーデータを作成し、期待される結果を出力してください」と依頼し、正解データを用意します。その後、AIに高速化させたコードを実行し、結果が完全に一致することを確認します。
また、AIに対して「リファクタリング前後で機能的な変更がないことを保証するために、注意すべき点はありますか?」と質問するのも有効です。AIは「配列処理に変えると、日付の書式設定が消える可能性があります」といった副作用のリスクを教えてくれることがあります。変化を恐れず、しかし慎重に検証を行う姿勢が、品質を担保します。
段階的な改善:一度にすべてを変えない
複雑で長いマクロをAIに一括でリファクタリングさせようとすると、AIも混乱し、動かないコードが出力されることがあります。リスクを最小限に抑えるためには、機能ごと、あるいはサブルーチンごとに分割してリファクタリングを進める「分割統治」のアプローチが有効です。
「まずデータの読み込み部分だけを配列化してください」「次に、集計処理の部分だけを高速化してください」と、ステップを分けてAIに指示を出します。一つ変えるたびに動作確認を行い、問題がないことを確認してから次へ進みます。
この段階的なプロセスは、万が一エラーが出た際の原因特定も容易にします。急がば回れ。開発者として確実な歩みを進めることが、結果として最短でゴールにたどり着く道です。
AIによるコード解説の活用:技術の習得
AIによって高速化されたコードは、あなたにとって最高の教材です。「配列処理になったことで、なぜ速くなったのか」「この記述はどういう意味なのか」をAIに質問し、解説させてください。
「リファクタリングされたコードの各行に、変更の意図と処理内容を日本語でコメントしてください」と依頼します。返ってきた解説を読むことで、配列の操作方法やメモリ管理の概念を学ぶことができます。
ただAIに直してもらうだけでなく、その技術を自分の知識として吸収することで、次回からは自分でも当たりをつけられるようになります。AIを「コード製造機」ではなく「専属の技術コーチ」として活用し、自身のスキルアップにつなげましょう。
結論:終わりのない改善プロセス
コードのリファクタリングに「完了」はありません。業務環境が変わり、データ量が増えれば、また新たなボトルネックが生まれます。しかし、AIという強力なパートナーがいれば、その都度最適な形へとコードを進化させ続けることができます。
今回学んだ高速化の技術は、単なるテクニックではありません。「より良くしよう」という開発者としてのマインドセットの実践です。動くコードに満足せず、より速く、より美しく、より使いやすいツールを追求する。その姿勢こそが、あなたを信頼される「開発者」へと成長させ、組織全体の生産性を底上げする原動力となるのです。次からは、こうして磨き上げたマクロをさらに応用し、実務における複雑な課題を解決する実践的なフェーズへと進んでいきます。
