コードの「解読」と「学習」
多くの職場には、前任者が残していった「誰も触れないマクロ」が存在します。動いているうちは良いですが、一度エラーが出たり、消費税率の変更などで修正が必要になったりした瞬間、それは業務を停滞させる巨大なリスクへと変わります。これまでの開発者は、こうした「ブラックボックス化」したコードを解読するために、分厚い辞書を引き、一行ずつ変数の値を追いかける孤独な作業を強いられてきました。しかし、AIの登場により、この状況は劇的に改善されました。AIは難解なVBAコードを一瞬で読み解き、私たち人間が理解できる日本語へと翻訳してくれる優秀な通訳者です。
本記事では、AIを活用して既存の複雑なマクロを解読し、その構造を完全に理解するためのテクニックを12のステップで解説します。単にコードの意味を知るだけでなく、詳細なコメントを追記させ、仕様書を復元し、さらにはそのコードを教材として自分自身のスキルアップにつなげる方法までを網羅します。「謎のコード」を「チームの資産」へと変える、開発者としての重要なスキルを習得しましょう。
ブラックボックス化したマクロが抱える経営リスクと開発者の責任
職場にある「誰が作ったかわからないが、重要な業務を担っているマクロ」。これは時限爆弾のようなものです。コードの中身が理解されていないということは、万が一トラブルが起きた際に誰も直せないことを意味します。例えば、参照しているサーバーのフォルダ構成が変わったり、連携しているシステムの仕様が変わったりしただけで、業務が完全にストップしてしまう恐れがあります。
また、中身が不明なコードを実行すること自体にセキュリティ上のリスクがあります。意図せず外部にメールを送信するコードが含まれていたり、重要なデータを削除するロジックが含まれていたりする可能性もゼロではありません。これまでの「動けばいい」という考え方は通用しません。開発者としてシステムを管理・運用する立場にあるならば、ブラックボックスの中身を照らし出し、制御可能な状態に置くことが責務となります。AIを使えば、プログラミングの深い知識がなくても、コードの危険性や挙動を洗い出すことが可能です。まずは「分からないものを使う怖さ」を認識し、解読作業に着手するマインドセットを持ちましょう,。
AIを通訳として使う:コード解読の基本的アプローチ
AIにコードを読ませる際の基本的な考え方は、外国語の翻訳と同じです。VBAという「コンピュータへの命令言語」を、私たちが理解できる「自然言語(日本語)」に変換させます。AIは大量のソースコードと自然言語のペアを学習しているため、変数の意味や構文の意図を文脈から推測する能力に長けています。
具体的な手順としては、VBE(Visual Basic Editor)から解読したいコードをコピーし、AIのプロンプトに貼り付けます。そして、「このコードが何をしているのか、初心者にもわかるように解説してください」と依頼します。これだけで、AIは「まずデータを読み込み、次に条件分岐で不要な行を削除し、最後に集計シートに転記しています」といった具合に、処理の大枠を教えてくれます。まずは細部にとらわれず、マクロ全体の目的と流れ(ストーリー)を把握することが、解読の第一歩です,。
概要把握のプロンプト技術:全体像を掴むための質問力
いきなり一行ごとの意味を聞く前に、まずは「森を見る」ためのプロンプトを投げます。長いコードであればあるほど、全体像の把握が重要になります。以下のようなテンプレートを使用して、コードの要約を求めましょう。
「以下のVBAコードについて、以下の観点で要約してください。
1. このマクロの主な目的(何をするツールか)
2. 入力データ(どのシートのどのデータを使うか)
3. 出力データ(結果をどこに、どのような形で出すか)
4. 主な処理の流れ(箇条書きで3〜5ステップ程度)」
このように構造化して質問することで、AIはコードの中から重要な要素を抽出し、整理して回答してくれます。特に入力と出力(I/O)を特定することは、プログラムの役割を理解する上で最も重要な手がかりとなります。この要約を読むことで、「ああ、これは請求書を作るためのマクロだったのか」といった具合に、コードの存在意義が腹落ちするはずです,。
詳細解説の要求:一行ごとの翻訳とロジックの可視化
全体像がつかめたら、次は細部の解読に進みます。特に複雑な計算や条件分岐が行われている箇所は、一行ごとの詳細な翻訳が必要です。「以下のコードブロックについて、一行ずつ何をしているか日本語で翻訳し、その意図を説明してください」と指示します。
AIは、「For i = 1 To LastRow は、1行目から最終行まで繰り返し処理を行う命令です」「If Cells(i, 1).Value = "" は、もしA列のセルが空欄だった場合の条件分岐です」といった具合に、構文の意味と業務上の意図をセットで解説してくれます。専門用語だらけのコードが、日本語の手順書のように見えてくるはずです。わからない単語や構文が出てきたら、遠慮なく「この Dictionary というのは何ですか?」と深掘りして質問し、疑問を一つずつ潰していきましょう,。
変数の役割特定:意味不明な記号を「登場人物」として理解する
古いマクロや他人が書いたコードで最も理解を妨げるのが、tmp、buf、rng といった意味不明な変数名です。これらが何のデータを保持しているのかが分からないと、処理の内容は見えてきません。そこで、AIに「変数解析」を依頼します。
「このコードで使用されている変数のリストを作成し、それぞれの変数が『何を格納するためのものか』『どのようなデータ型か』を推測して解説してください」とプロンプトを入力します。するとAIは、コード内の使われ方から分析し、「i は行番号をカウントする変数」「strName は顧客名を一時的に入れる変数」といった正体を暴いてくれます。変数の役割が分かれば、コードは単なる記号の羅列ではなく、意味を持ったデータの受け渡し物語として読めるようになります。
構造化思考(SCoT)を用いたロジックの分解
複雑に入り組んだ「スパゲティコード」を解読する場合、過去に学んだ構造化思考(Structured Chain-of-Thought)の逆活用が有効です。AIに対して、「このコードのロジックを、『順次』『分岐』『反復』の3つの構造に分解して、日本語の箇条書きで表現してください」と依頼します。
AIは、コードのネスト(入れ子構造)を解析し、「1. データの読み込み(順次)」「2. 商品ごとのループ処理(反復)」「2-1. 在庫切れの判定(分岐)」といった階層構造でロジックを可視化してくれます。これにより、If文がどこで始まりどこで終わっているのか、ループの中で何が行われているのかが視覚的に明確になります。複雑なコードをシンプルな構造図に落とし込むことで、論理の全体像を俯瞰できるようになります,。
コメントの自動生成:未来の自分への「翻訳メモ」を残す
解読できたコードをそのままにしておくと、数ヶ月後の自分はまた同じように悩みます。理解した内容は、コードの中に「コメント」として残しておくべきです。AIに「このコードの各行に、処理内容を説明する日本語のコメントを追記してください」と依頼しましょう。
AIは、適切な位置に ' (シングルクォート) を用いたコメントを挿入したコードを生成してくれます。特に、条件分岐の判定基準や、変数の意味についてのコメントは重要です。「If x > 0 Then ' 売上がプラスの場合のみ処理」のように、ビジネスロジックに基づいたコメントが付与されることで、そのコードは誰でも読める「マニュアル付きツール」へと生まれ変わります。これは、コードのメンテナンス性を劇的に向上させるための最も低コストで効果的な投資です,。
仕様書の復元:コードからドキュメントを逆生成する
職場によっては、マクロの仕様書や設計書が紛失している、あるいは最初から存在しないことも珍しくありません。AIを使えば、コードから仕様書を「逆生成」することが可能です。「このVBAコードを基に、このツールの機能仕様書(ドキュメント)を作成してください」と指示します。
AIは、コードの内容を分析し、「機能概要」「入力データの定義」「処理フロー」「出力結果」「エラー処理の仕様」といった項目で構成されたドキュメントを出力します。これをWordやExcelに貼り付けて保存しておけば、立派な引き継ぎ資料となります。コードとドキュメントの乖離を防ぎ、業務の属人化を解消するための強力なアプローチです。
潜在的なバグとリスクの洗い出し
他人が書いたコードには、予期せぬバグや非効率な記述が潜んでいる可能性があります。AIを「コードレビュアー」として活用し、品質チェックを行いましょう。「このコードに潜在的なバグ、エラーが発生しそうな箇所、あるいは非効率な記述があれば指摘してください」と尋ねます。
AIは、「最終行の取得方法に問題があり、空白行があると正しく動作しません」「On Error Resume Next が多用されており、エラーが見過ごされるリスクがあります」「画面更新の停止が入っていないため、処理が遅くなる可能性があります」といった鋭い指摘をしてくれます。自分では気づかないリスクをAIにあぶり出してもらうことで、トラブルを未然に防ぐことができます,。
セキュリティチェック:ハードコードされた情報の検出
古いマクロには、パスワードや特定のファイルパス、個人名などがコードの中に直接書き込まれている(ハードコーディングされている)ケースが多々あります。これはセキュリティ上好ましくなく、環境が変わると動かなくなる原因にもなります。
AIに対して、「このコードの中に、ハードコーディングされたパス、パスワード、個人名、あるいは環境依存の記述が含まれていないかチェックしてください」と依頼します。AIは文字列リテラル(””で囲まれた部分)をスキャンし、「"C:\Users\Tanaka\Desktop" というパスが指定されていますが、これは他のユーザーでは動きません」といった警告を出してくれます。これらの情報を特定し、修正(変数化やセル参照への変更)することは、堅牢なシステムを構築する上で不可欠な工程です。
コードを「教材」として活用する:模写と学習
解読したコードは、あなたにとって最高のVBA学習教材です。教科書のサンプルコードとは違い、実際の業務で使われている「生きたコード」だからです。AIの解説を読みながら、「なぜここではこの関数を使っているのか?」「なぜこの書き方をしているのか?」を考え、AIに質問を繰り返してください。
「この部分で AdvancedFilter を使っていますが、通常の AutoFilter とは何が違うのですか?」「この書き方は一般的ですか?もっとモダンな書き方はありますか?」といった対話をすることで、あなたのVBA知識は飛躍的に深まります。他人のコードを解読し、良い部分を吸収し、悪い部分を反面教師にする。このプロセスこそが、開発者としてのスキルを底上げする最短ルートです。
結論:解読から始まる業務改善のサイクル
ブラックボックス化したマクロを解読することは、単なる現状維持ではありません。それは、業務の中に潜むリスクを取り除き、将来の改善に向けた土台を築くクリエイティブな作業です。AIを活用すれば、これまで数日かかっていた解読作業が数十分で完了します。
解読し、コメントを付け、仕様書を残し、リスクを排除する。この一連のプロセスを経ることで、そのマクロは「得体の知れない怖いもの」から「完全にコントロール可能なツール」へと変わります。そして、その過程で得た知識は、あなたが新しいツールを開発する際の大きな力となるはずです。次からは、こうして理解したコードをベースに、さらに高度な機能を追加したり、他のアプリケーションと連携させたりする応用テクニックへと進んでいきます。AIと共に、過去の遺産を未来の資産へと変えていきましょう。
