未知の関数を提案してもらう
Excelのスキルアップにおいて、多くのユーザーが抱える最大のジレンマは「自分が知らない関数は使えない」という事実です。どれほど便利な機能がExcelに搭載されていても、その存在を知らなければ検索することさえできません。しかし、AIの登場によってこの壁は取り払われました。これからのExcelワークにおいては、関数の名称や構文を暗記している必要はありません。「やりたいこと」を自然言語でAIに伝えるだけで、あなたの知識の範囲外にある「最適なモダン関数」を提案してもらうことが可能です。
本記事では、自分の知識になくても「特定の日付以降を抽出したい」「表のデータを並び替えたい」といった抽象的な要望から、FILTER関数やXLOOKUP関数などの最新かつ高効率な数式を引き出し、業務を一瞬で完了させるためのテクニックを解説します。AIを「動く辞書」としてではなく「コンサルタント」として活用し、開発者としての実装力を飛躍的に高めましょう。
「検索」から「提案」へ:AI時代における関数学習のパラダイムシフト
従来、Excelの関数を使おうとするとき、私たちは「やりたいこと」を検索エンジンに入力し、数多くの記事の中から自分の目的に合った関数を探し出す必要がありました。例えば、「条件に合うデータを抽出 関数」と検索し、VLOOKUP関数やINDEX関数、あるいはマクロの解説記事を読み漁るといったプロセスです。しかし、この方法には限界があります。それは、検索する人間が持っているキーワードの知識レベルに結果が依存してしまうという点です。もしあなたが「スピル」や「動的配列」という言葉を知らなければ、それらを活用した最新の解決策にたどり着くことは困難でしょう。
AIを活用した開発スタイルでは、このプロセスが劇的に変化します。あなたはAIに対して、まるで同僚に相談するように「このリストから、4月1日以降のデータだけを抜き出して別の表にしたい」と伝えるだけで済みます。するとAIは、あなたの意図を汲み取った上で、従来のVLOOKUPやフィルタ機能を使った手順ではなく、より現代的で効率的な「FILTER関数」を用いた数式を提案してくれます。
このシフトは、単なる時間短縮以上の意味を持ちます。それは、あなたの知識量がボトルのネックにならず、AIが持つ膨大なデータベースの中から「現時点での最適解」を即座に引き出せることを意味します。これまで上級者しか使いこなせなかった高度な関数も、AIという通訳を介することで、誰もが即座に実務で利用できるツールへと変わるのです。学習コストをほぼゼロに抑えながら、アウトプットの質を最大化する。これが、AI時代の開発者に求められる新しいリテラシーです。
レガシー関数とモダン関数:AIが導く効率化の近道
Excelの関数には、長年使われてきた「レガシーな関数」と、Microsoft 365などの新しい環境で利用可能な「モダンな関数」が存在します。VLOOKUP関数やIF関数のネスト(入れ子)などは前者にあたり、多くのビジネス現場で親しまれていますが、計算速度が遅かったり、数式が複雑になりやすかったりという課題がありました。一方で、XLOOKUP関数やFILTER関数、SORT関数といったモダンな関数は、これらの課題を解決し、劇的にシンプルな数式で高度な処理を実現します。
しかし、長年Excelを使ってきたベテランほど、手慣れたレガシー関数に固執してしまいがちです。ここでAIの客観的な提案力が活きてきます。AIは最新のドキュメントや技術トレンドを学習しているため、課題に対して「よりスマートな解決策」を知っています。例えば、「表からデータを検索したい」と依頼した際、AIは従来のVLOOKUP関数ではなく、より柔軟でエラーの少ないXLOOKUP関数を推奨することがあります。
AIに「もっと効率的な方法はないか?」「最新のExcelを使っているが、より簡単な関数はないか?」と問いかけることで、あなたは自分自身の知識をアップデートし続けることができます。未知の関数を提案してもらうことは、単に業務をこなすだけでなく、あなたのExcel環境をモダナイズし、組織全体の生産性を底上げするきっかけとなります。古いやり方に縛られず、AIが提示する新しい可能性を積極的に受け入れる姿勢こそが、優れた開発者への第一歩です。
自然言語で要件を伝える:FILTER関数によるデータ抽出の革命
具体的な事例として、「特定の条件に一致するデータを抽出する」という業務を考えてみましょう。これまでは、オートフィルタ機能を使って手動でコピー&ペーストするか、複雑なVBAコードを書く必要がありました。あるいは、作業用列を作って数式でフラグを立てるなどの工夫が必要でした。
しかし、AIに対して「問い合わせリストから、特定の日付以降のデータだけをすべて抽出して表示したい」と自然言語で依頼すると、AIは「FILTER関数」を使用した数式を提案します。FILTER関数は、条件に一致するデータを配列として一括で返し、隣接するセルに結果を自動的に展開(スピル)する強力な関数です。
AIへのプロンプト(指示文)の例としては、「A列に日付、B列に顧客名、C列に内容が入っている表があります。A列の日付が2025年9月1日以降の行をすべて抽出し、別の場所に表示する数式を教えてください」といった具体的な記述が有効です。これに対し、AIは =FILTER(A:C, A:A >= DATE(2025,9,1)) といった即戦力の数式を生成し、その意味まで解説してくれます。
自分の中に「FILTER関数」という引き出しがなくても、AIに「抽出したい」という意図さえ伝えれば、この強力なツールを手に入れることができます。これが「未知の関数を提案してもらう」ことの真価です。データ抽出という頻出業務において、VBAを使わずに数式だけで完結できるケースが増えれば、メンテナンス性も向上し、ファイル自体も軽量化できます。
検索の進化:XLOOKUP関数でVLOOKUPの限界を超える
Excel業務で最も頻繁に使われる関数の一つがVLOOKUP関数ですが、これには「検索値より左側の列を取得できない」「列番号を数値で指定するため列の挿入・削除に弱い」「近似一致のトラブル」といった多くの弱点がありました。これらの弱点を克服したのが「XLOOKUP関数」ですが、まだその存在や使い方を知らないユーザーも多くいます。
AIに対して「社員IDを使って社員名簿から氏名を探したい。もし見つからない場合は『該当なし』と表示させたい」と相談してみましょう。従来の知識であれば、IFERROR関数とVLOOKUP関数を組み合わせる複雑な式を考えるところですが、AIは即座にXLOOKUP関数を提案してくれます。
XLOOKUP関数は、検索範囲と戻り値の範囲を別々に指定できるため、表の構造が変わってもエラーになりにくく、また「見つからない場合」の引数が標準で用意されているため、IFERROR関数を入れ子にする必要もありません。AIは「VLOOKUPよりもXLOOKUPの方が引数の指定が直感的で、計算エラーも起きにくいですよ」といったアドバイスと共に、最適な数式を提示してくれるでしょう。
このように、AIを活用することで、既存の業務における「当たり前の不便」を解消する新しい手段に出会うことができます。あなたが抱えている「VLOOKUPのエラー修正の手間」という課題は、AIが提案するモダン関数によって、過去のものとなるのです。
複雑な条件分岐と集計:SUMIFS関数やIFS関数の活用
ビジネスの現場では、「東京支店の、かつ商品Aの、かつ4月の売上合計を出したい」といった複合条件での集計が求められる場面が多々あります。これをピボットテーブルを使わずに数式で行おうとすると、SUMPRODUCT関数などの高度な配列数式を駆使する必要があり、多くの人にとってはハードルが高い作業でした。
しかし、AIにこの要件をそのまま日本語で伝えてみてください。「支店が東京で、商品が商品Aのデータの売上金額を合計したい」と入力すれば、AIは「SUMIFS関数」を用いた数式を構築してくれます。SUMIFS関数は引数の順番(合計対象範囲、条件範囲1、条件1…)がややこしく、手入力ではミスが起きやすい関数ですが、AIはその構文を完全に理解しています。
また、条件によって表示を変える処理も、「もしAなら〇、Bなら×、Cなら△…」とIF関数を何度も重ねる(ネストする)のではなく、AIに相談すれば「IFS関数」や「SWITCH関数」といった、より可読性が高く管理しやすい関数を提案してくれるでしょう。 複雑なロジックを自分で組み立てる必要はありません。要件を箇条書きにしてAIに投げ、返ってきた数式をコピーしてセルに貼り付ける。これだけで、高度な集計システムが完成します。AIは、複雑さをシンプルさに変換するフィルターの役割を果たしてくれるのです。
複数の関数を組み合わせる:ネスト(入れ子)構造の自動構築
実務では、単一の関数だけでは解決できない課題も多く存在します。「抽出したデータを、さらに売上順に並び替えたい」「検索して見つかったデータの左から3文字だけを取り出したい」といった複合的な処理です。これらを解決するためには、関数の中に関数を入れる「ネスト」の技術が必要になりますが、カッコの数や引数の位置が複雑になり、人間が手書きするのは骨の折れる作業です。
ここでもAIが威力を発揮します。「特定条件でデータを抽出した後、それを日付の新しい順に並び替えたい」と依頼すれば、AIは SORT(FILTER(...)) のように、FILTER関数の結果をSORT関数で受け取る数式を組み立ててくれます。また、「商品コードのハイフンの前の部分を使って検索したい」と言えば、XLOOKUP(LEFT(...), ...) のような組み合わせを提案します。
自分の知識にない関数同士の組み合わせであっても、AIは論理的な整合性を保ったまま数式を構築します。開発者であるあなたは、個々の関数の仕様を細かく知らなくても、「最終的にどういう結果が欲しいか」というゴールさえ描けていれば、AIというパートナーがそこに至るまでの数式のパズルを完成させてくれるのです。これにより、VBAマクロを使わなければ不可能だと思われていた処理が、実は関数の組み合わせだけで実現できることに気づくケースも増えるはずです。
プロンプトエンジニアリング:AIに的確な数式を作らせる「型」
AIから正確な関数を引き出すためには、こちらの意図を誤解なく伝えるための「指示の出し方(プロンプト)」が重要です。単に「集計して」と言うだけでは、AIは合計なのか平均なのか、どの範囲を使うのか判断できません。
効果的なプロンプトの型として、「命令書」「背景・目的」「シートの構成」「実現したいこと」「出力形式」の5つの要素を含めることを推奨します。 例えば、「シートの構成」セクションでは、「データシート名:売上データ」「A列:日付、B列:担当者名」といったように、具体的なセル番地やデータの種類を定義します。また、「実現したいこと」では、「A列の日付が2025年以降のデータを抽出したい」と具体的な条件値を明示します。
このように構造化された情報を与えることで、AIはあなたのExcelファイルの状況をシミュレーションし、そのままコピペして使える精度の高い数式を生成します。特に、シート名が複数ある場合や、データの開始行が1行目でない場合などは、言葉でその構造を補足説明することで、AIの回答精度は格段に向上します。プロンプト作成は、AIに数式を作らせるための「仕様書」作成そのものです。
エラー解決と学習:AIによる解説でブラックボックス化を防ぐ
AIに提案された未知の関数を使う際、最も注意すべきなのが「ブラックボックス化」です。動くからといって、意味もわからず使い続けていると、将来条件が変わった時やエラーが出た時に修正できなくなります。これを防ぐために、数式を生成させた後は必ず「解説」を求める習慣をつけましょう。
「この数式の引数がそれぞれ何を意味しているのか、初心者にもわかるように解説して」とプロンプトに追加します。するとAIは、「最初の引数は検索範囲です」「次の引数は条件式です」と丁寧に説明してくれます。この解説を読むことで、「FILTER関数はこのように条件を指定するのか」「XLOOKUP関数はこういう仕組みなのか」という理解が深まり、あなたのスキルとして定着します。
また、エラーが出た際もAIは頼れるメンターになります。「#CALC! エラーが出ました」と伝えれば、「抽出結果が空になっている可能性があります」や「配列が干渉しています」といった原因と対策を教えてくれます。エラー解決のプロセスを通じて、関数の挙動や制限事項についての知識を得ることができるのです。
リスク管理:AI提案の検証とハルシネーションへの対策
AIは非常に優秀ですが、完璧ではありません。時として、存在しない関数を提案したり(ハルシネーション)、引数の順番を間違えたりすることがあります。また、提案された関数が、あなたの使用しているExcelのバージョンでは対応していない(例えば古いExcel 2016でFILTER関数を使おうとするなど)場合もあります。
開発者としては、AIの提案を鵜呑みにせず、必ず検証する姿勢が必要です。生成された数式を実際のデータに適用し、手計算の結果と合致するか確認してください。特にスピル系の関数(FILTER, UNIQUE, SORTなど)は、結果を展開するための十分な空白セルが周囲にないと #SPILL! エラーになります。AIはこの物理的なセル状況までは見えないため、人間側でスペースを確保するなどの配慮が必要です。
また、機密情報の取り扱いにも注意してください。プロンプトに関数を作らせる際、実際の顧客名や売上額を入力する必要はありません。「A社」「商品B」「1000円」といったダミーデータや、「文字列」「数値」といったデータ型の説明に置き換えて伝えることで、情報漏洩のリスクを回避しながら、必要な数式の構造だけを得ることができます。
結論:AIと共に進化し続ける開発者へ
「未知の関数を提案してもらう」というアプローチは、Excel業務のあり方を根底から変えます。それは、自分の知識の限界が、業務効率化の限界ではなくなることを意味します。FILTER関数やXLOOKUP関数のようなモダンなツールを使いこなすことで、複雑だった作業はシンプルになり、メンテナンスも容易になります。
AIは、あなたに新しい武器を渡し続けてくれる武器商人のような存在です。しかし、その武器をどの場面で使い、どのように活用するかを決めるのは、開発者であるあなた自身です。AIに問いかけ、提案を受け入れ、検証し、自分の知識として吸収する。このサイクルを回し続けることで、あなたは常に最新の技術を味方につけた、市場価値の高い人材へと進化し続けることができるでしょう。
